大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和61年(レ)85号 判決 1987年8月18日

控訴人(被告)

柚本憲利

ほか一名

被控訴人(原告)

鳩タクシー株式会社

主文

1  控訴人柚本憲利の本件訴訟を棄却する。

2  原判決中柚本二三雄に関する部分を取り消す。

3  被控訴人の控訴人柚本二三雄に対する請求を棄却する。

4  訴訟費用中控訴人柚本憲利の控訴費用は同控訴人の負担とし、その余は、控訴人柚本憲利と被控訴人との間に生じた分を除き、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨(控訴人両名)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人柚本憲利(以下、「控訴人憲利」という。)は、昭和五九年三月三一日午前四時二〇分頃、普通乗用自動車(登録番号大阪五八は七一一二号。以下、「控訴人車」という。)を運転して東大阪市御厨中二丁目五番二六号先の通称御厨交差点(以下、「本件交差点」という。)付近の道路を北から南に向かつて進行中、右交差点内において、東から西進中の訴外後藤旭男(以下、「後藤」という。)が運転する被控訴人所有の普通乗用自動車(登録番号泉五五え七一七八号。以下、「被控訴人車」という。)に自車を衝突させた(以下、「本件事故」という。)。

2  控訴人憲利が本件交差点に進入する際、対面信号機は赤色を表示していたのであるから、このような場合、交差点に進入しようとする自動車の運転者としては、交差点の手前で停止し、交差点内での衝突事故発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、控訴人憲利はこれを怠り、信号機の赤色表示を無視し、交差点手前で停止しないまま本件交差点内に進入した過失により、折から東方より本件交差点内に進入してきた被控訴人車に自車を衝突させたものである。

3  被控訴人車はタクシーであつたが、本件事故によりその右前部が破損した。その修理に要する費用は五六万四七〇〇円である。なお、本件事故直前の被控訴人車と同一車種・年式・型・使用状況等の乗用車を市場価格で取得した上、タクシーとして使用できるように装備するのに必要な費用は七〇万五二四〇円以上であり、右修理費を上回るものである。

4  控訴人柚本二三雄(以下、「控訴人二三雄」という。)は、昭和五九年四月一日、訴外平島利雄(以下、「平島」という。)との間で、控訴人憲利の被控訴人に対する右事故に基づく損害賠償債務につき、これを引き受ける旨の契約を締結した。

5  平島は当時、被控訴人会社の渉外係長として右損害賠償の件について被控訴人を代理する権限を有していたところ、右契約締結の際平島は、被控訴人の代理人であることを示したものである。

6  仮りに控訴人二三雄が右のような債務引受をした事実がなかつたとしても、本件事故当時控訴人憲利は未成年(満一八歳)であり、同二三雄はその親権者であつたところ、控訴人二三雄は、控訴人車の購入代金、保険料、控訴人憲利の生活費や運転免許取得費用等一切を負担するとともに、控訴人車の保管場所を自宅に設けてこれを管理することによりその運行を支配しうる立場にあつたものであり、かつ、控訴人憲利が友人と共に暴走運転になりがちな深夜のドライブに行くことを知つていたものであつて、赤信号を無視して交差点に進入するような危険な運転をすることも十分予見しえたものであるから、そのような場合、親権者としては、未成年の子が深夜ドライブに出かけるのを制止するなどして本件のような事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、控訴人憲利が危険な深夜ドライブに出かけるのをそのまま放置したため、本件事故が発生するに至つたものである。したがつて、控訴人二三雄は、民法七〇九条により被控訴人の被つた前記損害を賠償する責任を負うものである。

よつて、被控訴人は、控訴人憲利に対し民法七〇九条により、控訴人二三雄に対し債務引受契約又は民法七〇九条により、それぞれ前記損害金五六万四七〇〇円及びこれに対する事故発生の日である昭和五九年三月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、控訴人憲利が右赤信号を無視して本件交差点に進入したとの点は否認する。控訴人車は、対面信号が黄色表示のときに本件交差点に進入したものである。

3  同3の事実のうち、被控訴人車が事故当時タクシーとして使用されていたこと、本件事故により控訴人車の右前部が破損したことは認めるが、その余は知らない。仮に被控訴人主張のような修理費を要するとしても、被控訴人車は本件事故当時廃車直前の状態にあつたものであり、これと同一車種・年式・型・使用状況・走行距離等の中古車を中古車市場において取得する価格は三万二〇〇〇円程度であつたのであるから、被控訴人としては、これを上回る修理費を損害賠償として請求しえないものというべきである。

4  同4の事実は否認する。控訴人二三雄は、自ら債務を引き受けて責任を負うべきことを約したようなことはなく、控訴人憲利において損害を賠償すべきことを同控訴人の法定代理人として約しただけである。また、その合意の相手方も平島ではなく後藤である。平島は右合意の際の立会人にすぎない。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実のうち、控訴人憲利が本件事故当時未成年(一八歳)であつたこと、控訴人二三雄が控訴人憲利の父親・親権者であることは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人二三雄が控訴人車の購入代金を負担したような事実はなく、これを自宅で保管していたこともない。控訴人憲利はこれを友人宅で保管してもらつていたものであり、本件事故当日も、自宅を出て友人方に赴いた後控訴人車に乗つてドライブに出かけたものであるから、控訴人二三雄にはなんらの監督義務・注意義務違反もないというべきである。

三  抗弁

1  被控訴人車は対面信号が赤色を表示しているのに本件交差点に進入してきたものであり、本件事故の発生については被控訴人側にも過失があるから、損害額の算定については被控訴人側の右過失を斟酌してその八〇パーセントを減額すべきである。

2  仮に控訴人二三雄が被控訴人主張のような債務引受契約を締結した事実があつたとしても、同控訴人は右契約締結の際、平島から修理代は二〇万円程度で大した額ではないと言われたのでそのように信じ、かつ、被控訴人車は継続して稼働することのできる車両で相当な財産的価値のあるものと信じていたところ、実際には修理代は五六万円余であるというのであり、しかも被控訴人車は廃車寸前の三万二〇〇〇円程度の価値しかない車両であつたのであるから、右契約は要素に錯誤のある無効な契約というべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、被控訴人車の修理代が五六万円余であること、同車が廃車寸前であつたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一控訴人憲利に対する請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いのないところ、被控訴人は、控訴人憲利は対面信号が赤色を表示しているのを無視して本件交差点に進入したと主張し、控訴人らはこれを争うので、まずこの点にういて検討する。

原審での控訴人憲利本人尋問の結果によると、控訴人憲利は、本件事故直後布施警察署において事故の発生原因や状況について取調べを受けたが、その際、取調べにあたつた警察官に対し、同控訴人が本件交差点に進入したとき対面信号は赤色表示であつた旨供述したことが認められるとともに、成立に争いのない乙第三号証(示談書)及び原審証人平山利雄の証言によれば、被控訴人会社事故係(渉外係長)右平山利雄が本件事故直後連絡を受けて右警察署に赴き、担当警察官及び被控訴人車の運転手後藤に面接して事故原因などについて尋ねた際、右両者はいずれも、控訴人憲利の右供述と同趣旨の返答をしていたこと、本件事故の翌日、右平山と控訴人憲利の父である同二三雄との間で右事故に基づく損害の賠償について示談交渉が行われ、一応の合意に達して「示談書」と題する書面(甲第三号証)が作成されたところ、同書面には、「事故状況」として前記後藤が青信号で東から西へ進行中、赤信号で北から南へ進行中の控訴人憲利と交差点内で衝突したものである旨の記載とともに、控訴人憲利が後藤に車両修理費及び見舞金を支払う旨の記載があるが、被控訴人側から控訴人側に対して控訴人車の修理費等の支払をなすべき旨の記載は全くなく、また、そのような話合いも全然なされなかつたことがそれぞれ認められ、原審での控訴人憲利、同二三雄各本人尋問の結果中、右認定と抵触する部分は、供述それ自体不自然で説得力に欠けるものであつてにわかに採用し難く、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

しかして、右認定事実からすれば、被控訴人の前記主張事実はこれを認めるに十分というべきである。そうすると、本件事故は、被控訴人の主張するように、控訴人憲利の過失によつて生じたものであることが明らかといわなければならない。

二  請求原因3の事実のうち、被控訴人車が事故当時タクシーとして使用されていたこと、本件事故により被控訴人車の右前部が破損したことはいずれも当事者間に争いのないところ、原審及び当審証人森田武彦の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び右証言によれば、被控訴人会社では、事故後被控訴人車を同会社我孫子営業所まで牽引して行き、同会社の修理・整備担当者の手でただちに修理に着手し、四、五日の間にこれを完了するとともに、その後再びこれを営業車として使用していたこと、右修理に要した部品代、手間賃等を査定協会の定価表の基準価格に照らして算出すると、合計五六万四七〇〇円となることが認められる。

ところで、本件事故当時被控訴人車が廃車寸前であつたこと(原審での森田証言によれば、被控訴人車は昭和五九年五月二三日廃車されたことが認められる。)は当事者間に争いのないところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、事故当時の被控訴人車の車体自体の中古車市場における価格は三万二〇〇〇円程度であつたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。そうすると、右修理に要した費用は事故前の被控訴人車の市場価額を遥かに超えるものであつて、被控訴人としては、その価額以上の修理費用を本件事故に基づく損害の賠償として請求することができないといわざるをえないかのごとくである。

しかしながら、被控訴人車が本件事故当時タクシーとして使用されていたこと及び右認定の被控訴人車の市場価額がその車体自体のそれであることはいずれも前記のとおりであるところ、当審での森田武彦の証言によれば、被控訴人車と同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の乗用車を中古車市場において取得してきても、ただちにこれを営業用タクシーとして使用することはできず、タクシーとして使用するには、車体を一定の色に塗り替えたり、必要な計器類を取り付けたり等して整備しなければならないことが認められるとともに、右証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一四号証及び同証言によれば、被控訴人車と同種同等の乗用車について右のような整備をするための費用は七〇万五二四〇円程度であることが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。そうであるとすると、前記修理費用が被控訴人車にほぼ匹敵する営業用タクシーを取得して原状に回復するための費用を超えるものということはできないことになるので、結局、右全額をもつて賠償を請求しうる損害の額と認めるのが相当というべきである。

三  抗弁1(過失相殺)の事実については、原審での控訴人憲利本人尋問の結果中にその旨の供述部分があるが、前記一に認定の事実関係に照らしてもただちに措信することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第二控訴人二三雄に対する請求について

一  請求原因4の事実については、原審証人平島利雄の証言中にそれに沿う供述部分が存在し、また、本件事故の翌日である昭和五九年四月一日、被控訴人会社の事故係(渉外係長)平島と控訴人二三雄との間で本件事故に基づく損害の賠償について示談交渉が行われ、一応の合意に達して「示談書」と題する書面(甲第三号証)が作成されたことは前記認定のとおりである。

しかしながら、右甲第三号証によれば、右示談書に記載された合意内容は、「控訴人憲利は後藤旭男に対し車両修理費及び見舞金を支払う」というものであり、その末尾に記載された加害者側の署名も「柚本憲利の実父、親権者柚本二三雄」というものであることが認められるのであつて、このような示談書の記載内容からすれば、他に別段の事情のない限り、車両修理費及び見舞金について支払義務を負うのはあくまで加害者である控訴人憲利自身であり、控訴人二三雄は同控訴人の法定代理人としてその支払を約すものであつて、みずから責任を負つて支払義務を負担することを約する趣旨のものではなかつたとみるのが相当である。

もつとも、控訴人憲利が本件事故当時未成年(一八歳)であつたことは当事者間に争いのないところ、原審での控訴人二三雄本人尋問の結果によると、控訴人憲利は当時アルバイトによつて月一〇万円程度の収入を得ていたことが認められるので、右事実が前記特段の事情にあたるものということはできず、他にそのような事情は見当たらないのである。そうすると、控訴人二三雄としては、控訴人憲利の親権者・法定代理人として右修理費及び見舞金の支払を約したものと認めるのが相当であり、この認定に反する証人平島の前記供述部分は採用することができず、他に請求原因4のような内容の債務引受契約が締結されたことを認めるに足りる証拠はないので、結局、請求原因4の事実はその証明がないことに帰着するものというべきである。

二  本件事故当時控訴人憲利が未成年(一八歳)であつたことは前記のとおりであり、控訴人二三雄が控訴人憲利を監護すべき義務を負つていたことは明らかである。

しかして、本件事故が午前四時二〇分という早朝に発生した衝突事故であることは前記のとおりであり、また、原審での控訴人憲利本人尋問の結果によれば、同控訴人は、本件事故の前日午後七時頃に就寝して事故当日午前二時半頃起床し、友人三名を誘つて前日購入したばかりの控訴人車に同乗させ、深夜街中を走行していた際に本件事故を発生させたものであることが認められるのであつて、事故発生に至る右のような経過自体から、親権者たる控訴人二三雄に監督義務の懈怠があつたものといわざるをえないかのごとくである。

しかしながら、右本人尋問の結果によれば、控訴人憲利は本件事故の約四ケ月前の運転免許を取得したが、その後本件事故までの間に事故を起こしたり交通違反を犯したりして検挙されたようなことは一度もなかつたことが認められ、また、その他に同控訴人に特に無謀な運転をするような徴候があつたものと認めるべき証拠も見当たらないのである。そうすると、たとえ控訴人憲利が深夜にドライブに出かけることがあつたとしても、そのことからただちに信号無視等の危険な運転をして本件のごとき事故を発生させるかもしれないことまで予見することは困難であるといわざるをえないから、控訴人二三雄において同憲利が深夜ドライブに出かけるのを制止するなどして本件のごとき事故の発生を未然に防止する措置をとらなかつたからといつて、本件事故の発生と相当因果関係を認められるような監督義務の違反があつたものということはできない。したがつて、結局、控訴人二三雄は民法七〇九条によつても本件事故について責任を負うものではないというべきである。

第三結論

以上の次第で、被控訴人の控訴人憲利に対する請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて控訴人憲利の本件控訴は理由がないから民訴法三八四条一項を適用してこれを棄却することとし、被控訴人の控訴人二三雄に対する請求はいずれも失当であつて、これを認容した原判決は不当であるから同法三八六条を適用して原判決中控訴人二三雄に関する部分を取り消し、被控訴人の控訴人二三雄に対する請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条本文、九六条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 田邉直樹 井上豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例